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ドキプリ解析

P_Nightly Memo

PNのためのDP解析。

 総論として。

 総じて、DPは愛がもたらす救いや癒しと、同じ愛がもたらす暗黒面との戦いを戦士と怪物の戦いとしたもの、という構成になっている。登場人物たちは(主人公のマナを除いて)それぞれ重い課題を抱えた人生を送っており、それは彼女たちを包む愛とその暗黒面と不可分である。逆に(たとえばHPとかとは対照的に)敵の怪物たちにその彫塑は浅く、あくまで主要登場人物が抱えるそれらの課題の超克と態度表明が主題となって物語が展開していく。

 特徴的なことは、愛とその暗黒面を描くに際し、児童保育をめぐる多くの描写を入れたことである。ヒロインたちはひょんなことから赤ん坊の世話をする羽目になるのだが、気力体力知力財力すべてにおいてある種の超人として描かれる彼女たちをもってしても育児はなまなかなことではない。それでも育児が多くの喜びをもたらすことを彼女たちは体得していくのだが、そのころから物語は、もう一人の主人公である鬼気迫る描写で描かれる被虐待児童との関わりに軸足を移していく。

 虐待された少女も元々は大きな愛に包まれて育った少女だった。しかし運命はそれを呪いと変えてしまった。愛と呪いに引き裂かれながら、あるときは暴力をふるい、あるときは暴言を吐き散らし、あるときは好きと言ってみたり、あるときは依存する。彼女が欲しくても手に入れられなかったものをすべて持つヒロインたちは、彼女にとって敵以外の何物でもない。なぜならそれを肯定することは、彼女がこれまで耐えてきたすべてを否定することだから。それなのに彼女はその輝きに心を奪われずにはいられない。

 愛らしく描かれる日常のほのぼのを挟みつつ、物語は、ある一人の少女が悪鬼のように変わってしまった父親に対して抱かざるを得なかった殺意と、しかし殺すことができなかった躊躇の狭間に浮かび上がる、愛情がもたらす喜びとそれが生み出す不可分の苦しみを、描き出していく。

アバンで、アンとまこぴー登場。 滅んでしまった王国。姉のように慕っていたアン王女の犠牲により命を助けられ、異世界に落とされるまこぴー。 愛による自己犠牲と、それによって生まれるまこぴーの断末魔とも聞こえる悲鳴。 マナ登場。(……なお外伝で相田マナのマナが、本当は<愛>と書くことが明かされている。ベタなネーミングである) 万能の天才マナがいかに万能の天才であるかをひたすらアピール。 人間の域をはるかに凌駕した圧倒的な視野の広さを持つコミュ強者が無限の気力体力を湛えた肉体をまとう超人マナちゃん。 (しかしすでにこの段階でそれは半分ネタとして描かれる) クローバータワーに怪物とイーラ初登場。 混沌に陥る現場に歴戦の超戦士であるソードが現れる。強いが余裕のない戦いの中でソードは危機に。 そしてそのたった一つの欠点であるおせっかいを契機に、マナはハートとして“選ばれる”。

マナとまこぴー対峙。 協力関係を結ぶかと思いきや、距離を置きたがるソード/まこぴー。 協力関係を結べないことによりやや手こずるものの、一時的な同盟を結び、とりあえず怪物は秒殺。 世界の危機の存在と、そのキーとなるアンの失踪の設定が明かされる。 伝説の戦士はとっても強いけど、単騎では危機に対して力が及んでいない、どころか、敵の軍勢は圧倒的でありほとんど勝ち目など見えない、ということの状況の紹介が行われる。 もっとも、戦況として絶望的なのは事実だが、ここでの表現の勘所は、大切な人の危機を前に無力であったソードという戦士の絶望とあきらめであり、それがかつて姉のように慕っていたアンとともに微笑んで暮らしていた幸福な少女の象徴的な死であること。 それはシリーズ全体を通して言えば(たとえ他に選択の余地などなかったとしても)アンがまこぴーによせた愛が、まこぴーを深く人格を変えてしまうほどに傷つけた、という描写でもある。 (DPでは作中、愛のよい部分と、同時にもたらせられるバックファイアが執拗に描かれるのだが、その嚆矢となるのが、アンとまこぴーの関係であることは示唆的である) ところで、伝説の戦士を秘密にするように言われてしまったマナは嘘をつくことに慣れておらずいささか呻吟する。 一方で、マナがどれほど超人であるかのアピールはさらに続き、彼女はただ一人でも圧倒的な超人であるうえ、個性を知りその弱点を無意識で補ってくれる素敵な親友六花がいる(つまりマナには、孤独という弱点さえ存在しない)ことが明らかになる。 (もっともこの段では六花の存在は、すごいマナちゃん、の付属物的なものにとどまる)

六花の話。キーとしては二つ。 六花がマナを「幸福の王子」と思っていること。(あらゆる輝けるものを持つがそれを人々に無償で渡してしまうがあまり、いつか擦り切れて忘れられてしまう、という含意で)そしてそれをマナにそのように告げること。 もう一つは、六花自身の自己評価が低く、彼女自身をマナの従属物だとどこか思っているかもしれないこと。 実際には六花はマナにさえ決して見劣りしない超人的に優秀な人物だが、マナをサポートする、という以外の自分の価値に気付いていない/目をつぶっているところがある。 六花にとってのマナからもたらされた深い友情(愛)は、そのまま彼女の依存心と自信の無さにつながるものなのだった。 結局、伝説の戦士の秘密を守れないマナはすべての事情を六花に話すが、信じてもらえないどころか隠し事をしている印象を強めるばかりで、なんでも首を突っ込み自分を削って助けてしまう「幸福の王子」であるマナを案じる六花の不安をあおるばかり。 しかしそのあと、伝説の戦士の戦いを実際に目撃してしまった六花は、マナがガチでやばい人助け案件に命がけで首を突っ込んでしまっていることを悟る。 そんなマナを助けたい思い(それは六花にとって世界でもトップクラスに“たしかなもの”なのだ)が、彼女を戦士ダイヤモンドとして“覚醒させる”。

ありすの話。キーは力の二面性というものを、ありす自身が内面化していること。 マナと六花の幼馴染であり親友のありすもまた超人である。まんがじみたお金持ちで物語上無限の資金力を持ち、さらに幼くもすでにそれを平然と使いこなす、とんでもない少女だ。 その力を背景に伝説の戦士の秘密をいち早く把握した彼女は、それに親友二人が関わっていることを知り、助けたい旨を申し出る。その援助の内容は主に危機の把握と隠蔽工作である。 六花も巻き込まれたし、せっかくなのでありすも戦士になればいいのに、という誘いを固辞するありす。 実はかつてありすは暴力事件(!)を起こしている。その理由は、親友のマナに対して男の子が侮辱しマナを泣かしてしまったことにブチ切れ、相手にけがをさせてしまったからであった(ありすもまたマナと並んで万能の天才であり、そもそも生身で強い)。 ありすにとっての愛とは暖かく彼女を包むと同時に、彼女自身を悪鬼に変える恐ろしい力なのだ。そしてありすは自分の力が、その自制力をはるかに超えて強いことを知っている。 しかし、恐れるばかりではなく、親友たちへの友情を守りたい、そのために強い力もコントロールしてみせる、と決意することによって戦士ロゼッタとして“覚醒する”。

5〜7

ここからしばらくまこぴーの話が続く。 アンを探すためにアイドルをやって世界中に顔を売ろうと思ったら、思ったより売れちゃったらしい、とか。 料理、というか日常の雑事のすべてをよくわかっていないポンコツなところがある、とか。 美しい笑顔と歌声でみんなをついめろめろにしてしまう、とか。 かわいらしくたわいもない話が続くが、その基本的な物語は、まこぴーが自らに寄せられた愛とその暗黒面を直視し、自分自身のルーツを取り戻すことだ。 今もなお悪鬼と戦い続ける戦士の一人であり、職業としても若いながら歌手として売れてしまった彼女は、自分の半身とも思っていたアンと別れた傷を癒す時間も気持ちももてないでいる。そのことは彼女から言葉を奪い、まこぴーを本音を一切語らない無口な少女にしていた。 このときのまこぴーにとって、愛とはいずれ失う時に味わう喪失の痛み(とそれに対する恐怖)そのものである。 そんな彼女にとって、マナと六花とありすの三人は、仲もよく、信頼し合えていて、いつもきらきらしてまぶしく見える。うらやましい。さびしい。最初に一緒に戦おうと言われて、うん、と言えなかったのは、過酷な戦場のこともあったが、もう一度失うことが恐ろしいからでもあった。ズケズケと立ち入ってくるマナがいなければ、二度と会えない場所にまこぴーは逃げてしまっていたかもしれない。 しかしそんなまこぴーがせっかく距離を近づけ始めた時、怪物たちの奸計によって4人がまこぴーの故国へ落とされる。そこは生身では生き延びることも難しい地獄であった。周囲に我が物顔でうろつく怪人たち。しかもそれは、まこぴーが戦士として守らなければならなかったかつての住人達が、悪意のみの姿に成り果てたものだ。 否応なく絶望を突き付けられるまこぴー。だが、マナは割と平然としている。六花とありすも、そんなマナを見て平気そうだ。 どんなに絶望的な状況でも信頼できる人間がそばにいることでなんとなく笑っている彼女たちを見て、まこぴーは自らにとってアンがそういう存在であったことを思い出し、アンのそばにいたときの自分を思い出す。歌を歌うことしかとりえがなく、弱っちく引っ込み思案で、でもアンのことが大好きで、彼女の前ではびっくりするほど素直に笑えたことを。彼女の為に強くなろうと思い、そのかいもあって強くなり、その戦士としての名をアンがくれたことも。 襲い掛かってくる強大な敵を相手に、まこぴーはアンが残してくれた思いを武器に立ち上がる。そしてなんとか危機を脱したとき、まこぴーはアンとの再会をあらためて誓うのだった。それがほんのわずかな希望でしかないことを知りながら。

(なお最終話付近で、アンが本当に失われてしまったことが明らかとなります。それをふまえてこのあたりを見返すと、また涙がこみあげてくるシーンとなっています……。アンはマナとどこか似た人物として描かれていて、その精神的支柱を失えば六花やありすがどうなってしまうか、という含意も描かれていたかもしれません) (もうちょっと後半になると、かつてこれらの怪物の始源であるプロトジコチューとそれを打倒した3人の伝説の戦士、というお話が出てくるのだけど、ここまで見る限り、その伝説の戦士に比肩されているのは、マナ、六花、ありす、であるよう。また敵が何度も、歴史は幾度も繰り返す、という言葉を使うところもポイント。それはこの作品において、愛の不滅と、愛が人を苛むことの同じく不滅を、直接意味する)

アイちゃん登場。 卵から生まれた謎の乳児の世話を押し付けられる、という展開。 (どうでもいいがその展開を生む、ジョー岡田、本当に鬼畜の所業である。実はアンの婚約者でトランプ王国再興の為に暗躍している、と知ったあとに見てもマジもんの悪い人にしか見えない。実際に劇中でも、六花はかなり本気で警戒しているが……) 個人的に、プリキュア名物、と感じているところの<味方となる他者>の登場である。ここから一気に物語は加速し始める。 アイちゃん。正体は不明だし、羽根生えてるし、親もよくわからないし、卵から生まれたし、もう何者かまったくわからない。もちろん言語でのコミュニケーションは不可能だ。ただし、かわいい。 彼女は生まれたての乳児よりはもうちょっと発達している状態で現れるが、欲動に忠実なただの生身の肉体である。腹が減れば泣き叫び、フンも尿もする。ただでさえ忙しくなった一同にとって負担は激増することとなる。 マナを始めとして、なぜかヒロイン一同はアイちゃんをかわいがり世話していこうとする。 このエピソードで襲い掛かってくる怪物が<睡魔>の怪物であったことは示唆的だ。というか、えぐい。 アイちゃんの危機を前に、ダメだとわかっていても眠り込んでしまう戦士たち。 戦闘は辛勝で終わるが、大人の目から見て、漠然とした不安をもたらすように物語は閉じられる。

8話の続き。生活の中にアイちゃんの比重がだんだん上がっていく、という展開。 またも世話を押し付けられ、しょうがなく学校でお世話することになった一同。 中学生の少女たちにそれを全的に行うことは許されず、マスコットキャラクターたちががんばることとなる。 もちろんうまくいくはずもなく物語はどうしようもないスラップスティックへ。 そんな楽しいエピソードなのだが、描かれる後半の物語への伏線はここに大きく張られていたとみるべきだろう。 アイちゃんは好き放題やりたい放題でも、ある意味で幸運にも、未熟ながら世話をしてくれる人々にかこまれ、なんだかんだすくすくと日々を過ごしていくこととなる。しかし、その世話をする人々の思いに実は大きな根拠はない。 最後にアイちゃんが戦士たちをエンパワメントする謎の異能を持っていることが明らかになる。 総じて、アイちゃん登場において、愛とは責任を全うしようとするときとても重い労苦をまとうもの、という含意が描かれたと言っていいだろう。

10〜12

メンバー集結の総括として、マナという少女がどれだけとんでもないかがひたすら描かれる。 10話は、いろいろあって、まこぴーがマナの学校へ転校してくる。美人で歌姫で有名アイドルであるまこぴーに学校は大騒ぎ。マナも大歓迎するのだけど、六花は、ひそかにありすも、その様子に心穏やかではない、という話。 もうマナちゃんもてもてなのである。みんな彼女が大好きなのだ。 しかし、大好きな人がいる。その人を独り占めにしたい。新しく来た〜さんに取られたくない。と、皆が思う。そのことがちょっとした衝突とすれ違いを生んでいく。 誰かを好きだという愛が、必然的に嫉妬をはらむ、というお話。 結局親しい友人同士きちんと語り合うことで、その嫉妬の念はたわいもないレベルで閉じられる。だが、それは当たり前のことではないのかもしれない、という問いが残る。 11話がマナがソフト部の助っ人を頼まれる話。 12話がマナに弟子入りする少年の話。 マナにとってスポーツ万能なことはその能力のごく一部に過ぎない。むしろできないことは少なくないのだが、しかし彼女はそれを多くごく自然に努力し乗り越えていく。なによりもその言動が人々の勇気を呼び覚まし、彼女の走る背中が人々をエンパワメントしていくところが真の力なのだ。彼女は生まれながらの英雄なのである。 しかしこの三つのエピソードは、信頼するに足る精神的支柱である人物が存在する喜びを描くと同時に、その支柱が不在となる不安と、その支柱を与えられない多くの人々のことを、どこかしら予言する内容ともなっている。 これらのエピソードを経て、4人はついに強い絆を持ったチーム「ドキドキ!プリキュア」として結集する。

13話以降は、第二部へ。

第二部

P_Nightly Memo

PNのためのDP解析2

 苦難の第2クール篇  ストーリーの区切りの便宜的に、第13話から第26話の計14話を第2クールとする。

・総評2 この作品における敵、魔人ジコチューとは何か

 設定をベタに紹介すると、ジコチューとは、人の魂(プシュケー、と呼ばれる)に根付いてしまった暗闇に魔力を注ぎ込むことにより現れる、人間の(その名の通り)自己中心的想念が実体化した化け物である。ジコチュー軍団はプシュケーに宿る暗闇を左右する能力がある魔人たちで、効果的にその暗闇を拡大させる言動に優れ、人間の切実な願いをただの自己中心的な想念へと置き換えていく悪魔だ。DPにおいてジコチューは極めて強力な怪物である。しばしば主人公たちは敗北を喫しそうになるし、全滅の危機も1度ではない。

 ジコチューが特徴的であるのは魔人たちの語りの巧みさである。自己中心的想念が心に現れない人間などいない。しかし多くは理性や社会的通念がそれを押しとどめる。彼らはそこに付けこみ、理性や社会的通念の瑕疵を教えること(それ自体は本当のことだ)で、人間を化け物へと変えてしまうわけだ。

 さらに愛情で動こうとしている人物へは情け容赦がない。どれほど無私の愛情で動いている人間であっても、その内訳を問い詰めていけば、根拠の無い思い込みや、自己中心的な思い、誇れるわけではないその心情の理由が絶対に出てくる。それを本人に見えるように暴き立て、あらゆる行いにあるその人間の弱さを直視させる。これに耐えられる者などほとんどいるわけがない。

 興味深いことに魔人たちの語りはほとんど正論なのだ。そしてもう一つ、彼らが魂と呼ぶプシュケーは、その人間の愛情そのものである。むしろ人が良い行いをしようとするとき自らに問いかけるその言葉を、魔人たちが復唱しているに過ぎない。そこに描かれているものは、愛情などと名前が付いたそれが、その意志に関わらず善悪双方に働きうる、というごく基本的な事実だ。彼らは魔法をかけその悪の側面を拡大するわけだが、その内訳はあくまで、愛なるものが生み出しうる暗黒でしかない。そしてしばしば魔人たちの言葉は正義や良心にさえ近似する(つまり単なる正義や良心は、魔人たちのささやきへの防壁になど一切ならない)。

 ジコチューは不滅である。愛ある限りそれはこの世界に現れる。実際物語の最後の戦いを経ても、別に彼らが滅んだわけでは全くない。そして愛の力が世界を滅ぼしうるものであることも変わらない。それどころか、恐らくジコチューもまた愛というものが取りうる一つの形なのだ。物語はそのようにあたりまえな、実に過酷な戦場で、行われることとなる。

 前回の総評に続けて書くならば、こういったネタふりを、児童保育をめぐる描写/暗喩、で描いたことがDPの最大の特徴である。

 第2クールのあらすじ

 本編でもっとも重要なヒロインであるレジーナが登場する。彼女は、虐待され自分の家と父親の愛と称する暴力以外の何も知らない世間知らずで哀れな少女であり、けた違いに強い魔人でもある。

 第1クールでは、マナを始めとした主人公たちが様々なありがちな人生の暗黒に立ち向かってきたが、彼女たちは強く凛々しく、また勇気と善意にあふれていたため、ものの敵ではなかった。だが、ここでついに彼女たちはいくつもの壁にぶつかることとなった。  強力な敵として現れた少女レジーナ。  しかしなぜかマナは彼女と友達になれると直感し、様々に接触を試みる。そのことでせっかく仲良くなったまこぴーとけんかになり、六花やありすに諌められても、自分自身なにをやってるんだろうと思っても、直感が彼女にそれをやれと叫ぶ。そしてマナはその献身的かつ強い心によってレジーナとの関係を深めていくのだった。  しかし、レジーナの抱える地獄はマナが考えるよりもずっと深かった。手を握れたと思えば離され、信じれば裏切られ、抱きしめても憎しみが返ってくる。お互い笑顔でやりとりできたと思った陰で、レジーナがまさにその笑顔のせいで一人胸の痛みに苦しんでいることを、マナは気づくことができない。  マナたちが善意と思うものが、レジーナが持っていた世界の否定であることを、それが痛みでもあることを認識できないのだ。レジーナを抱きとめようとしても所詮は子どもの善意でしかなく、あまりに力が足りない。そして、どれほど手を伸ばしても、ただの偶然さえもがそれを阻む。どれほどあがこうとしても、マナはとことん蹴りつけられ踏みつぶされるばかり。それどころかマナは、大切に思おうとしているはずのレジーナの心さえ無意識に傷つけ続け、まさにそのことに裁かれることとなる。  この第2クールにおいて、物語は突如としてシリアスな雰囲気を増していく。しかしそんな、君を信じるための戦い、の中でボロボロになりながら立ち上がるとき、この物語が描こうとするヒーローがついに姿を現し始める。

 第2クールの主な登場人物

 レジーナ  遅れて登場した本編の正ヒロイン。キングジコチューの娘、と称する謎の少女。けた違いの戦闘力と魔力を持ち登場当初から主人公たちの脅威となる。わがままときまぐれがゴスロリを着て歩いているような子供っぽい人物で、しかも彼女が持つ巨大すぎる暴力は、その思いのままに周囲のものを破壊してしまえる。しかしどこか憎めない愛らしい言動をすることもあり、なぜかマナを自分のものにしたいと執着するようになる。時に甘えて、時にわがままに、時に殴りかかり、時にしおらしく、時にひどく依存し、時に初めて触れた友情なるものに涙し、あるいは急に裏切りと決めつけ殺そうとする。ごく不安定な彼女の心理は、驚くほど被虐待児童そのものに見える。そしてその対応が困難であるように、彼女と友達であろうとすることは困難を極める。  初登場以降、この哀れなレジーナという少女とどのように手をつなぐことができるのか、が物語の最大のテーマとなる。

 相田マナ  本編の主人公。元気いっぱいの中学生の少女。勇気とやる気と思いやりにあふれ、行動が早く、きちんと自分が為したことの責任を最後まで負い、友情に篤く、自らからした約束を決して違えない。心に暗闇があるときそばにいてほしいと真に思えるような英雄的人物。だがレジーナをマナが救おうとしたとき、物語は、身体的・心理的両面の暴力でマナに不足している点をあぶり出し、彼女を徹底的に叩きのめしてしまう。

 菱川六花、四葉ありす  マナのことが大好きな幼馴染で親友。レジーナと友達になると言い出したマナを諌めるが、決して責めたりはせず、むしろマナがやろうとしていることを応援するために様々なフォローを行う。このクールのマナの言動は冷静に見る限りかなりめちゃくちゃなのだが、それでもマナの行おうとすることをなんとか理解しようとする二人の姿は、涙が出るほど親友そのもの。まさにその友情がマナという少女の力となっているのだ、ということをまざまざと見せつける。……もっともそれは、レジーナが何一つ持っていないものであり、一切理解できないものでもあった。

 剣崎真琴(まこぴー)  レジーナの父に故国を滅ぼされ大切な人を皆殺しにされた戦士。もちろん端っからレジーナに対する憎しみに心が乱れ、マナとも喧嘩になってしまう。しかしマナが真剣にレジーナと友達になろうとしている姿を見て、自分の憎しみを越えて、彼女が何をしようとしているのかをはっきり知りたいと思うようになる。(それはマナに対する深い信頼であると同時に、マナを信じたいと思っている孤独な彼女の願いでもある)

 ジョー岡田  中学生の少女に思わせぶりなことを言う怪しいおっさん。実は、アン王女と結婚を約束していたジョナサン・クロンダイクという戦士であることが明らかになる、が、怪しいおっさんであることは特に変化が無い。つかこいつをどうにかしろ。

 マリー・アンジュ(アン)王女  本編のあらかじめ失われたヒロイン。まこぴーから語られるどこか英雄的に理想化されたお姉さんのような女性像とは色合いが異なり、恋人(?)のジョナサンが思い起こす彼女は、やんちゃでわがままなところがあったり、甘いものが大好きだったり、ゲームが好きだったり、男の子に恋をしたり、痛みと苦しみをひそかに抱えていたりする人物であり、その多くをまこぴーは知らなかった。彼女にさまざまな側面があることは、二人さえ知らないアンの姿があるかもしれないことを示唆する。

 アイちゃん  謎の赤ん坊。戦士たちをエンパワメントする能力とともに、キュアエースを変身させる能力があり、かつてのパートナーであった(とエースの人が思っている)ことも明らかになる。いつの間にか簡単な言語も操れるようになった。

 キュアエース  愛の切り札、と名乗る謎の戦士。変身前は変なしゃべり方をする生意気なチビジャリなのに、変身すると美しい大人の女性の姿になる。超強い。超かっこいい。レジーナを奪われ、マナたちが壊滅の危機にあるときに突然現れて助けてくれる。いつも先輩ヅラをして説教してくるがそれはマナたちが持つ弱さを見事に衝いていて反論も許さない。しかし明らかに年齢不相応なしゃべりかたをし、また彼女自身記憶があいまいであるようであり、アンと何らかの関係がありそう、という以外のことは実は本人もよくわかっていない。そして、その変身後の容貌は(当然のように?)アン王女によく似ている。

 キングジコチュー  レジーナの父でありジコチュー軍団の支配者。アン王女との一騎打ちに敗れ石化しているが、しゃべることや魔力をふるうことはできる。レジーナを自分のものだと思っており逆らうことを決して許さない。クリティカルなタイミングでレジーナの心を揺さぶることに長けており、彼女は父への愛と恐怖に引き裂かれることとなる。しかしレジーナへの態度は奇妙な矛盾が見て取れ、どこかすがっているようにも見える。そんな毒親のエッセンスを煮詰めたような彼の存在は、本編中でマナたちが言う“家族の素晴らしさ”への明確なアンチテーゼであり、彼自身の暴力とその陰に隠れた苦悩が、物語に深みを与えていくこととなる。(こんな冗談みたいな名前なのに、ね)

(この時点で、物語では世界のカギとなるはずのアン争奪戦をやっているのだが、アンはすでにこの世に無い。実は、アンはかつて父であったキングジコチューにとどめを刺せず、トランプ王国滅亡の最後の引き金を自ら引いた人物である。父への愛と国を守ろうとする意志(=父への殺意)に心を引き裂かれ、自身もまた絶望から魔人となり果てる運命にあった(まこぴーを庇い自らを犠牲にしたのは、それに気づいていたからだ)。それを防ぐために、自らの魂を引き裂いたのである。彼女が引き裂いたそれぞれの破片は、キュアエースこと円亜久里とレジーナに分離。それぞれにある個性は、元々はアンが持っていた様々な個性がでたらめに散らばったものである(レジーナの奔放なわがままさも、しゃちほこばったところがある亜久里の様子も、甘いものが好きなことも)。しかし、アン自身がついに超克できなかった問題をそれぞれは抱えており、それらは互いに矛盾しており、エースとレジーナが目を合わせるたびに殺し合うのはまさにその理由による。しかしどちらかを滅ぼせばすむ問題であるなら、アンは自らを引き裂く必要はなかった。)

 各話の見どころ

 13〜15 

 これからしばらく、「ロイヤルクリスタル」をめぐる争奪戦が描かれる。中継ぎっぽいエピソードが続くが、そこに通底している物語はのちに本編で現れるテーマの萌芽でもある。また、ロイヤルクリスタルがあらわれる「バラ」「競技かるた」「演劇」はアン王女が愛しているものだった、という話にもなっている。アンを探す過程で、アンがどういう人物で、どういう痛みを抱えていたかが明らかになっていく。    13は、ありす回。  アン王女の消息を探していたら、とあるミスコンの賞品がトランプ王国でしか咲かない花であることを見つけ、優勝して手に入れましょう、という話となる。  レジーナが名乗りを上げるくらいしかなんということも起きないが、その場に居合わせたありすの旧知の少女が、ひたすらかつての暴力事件のネタでありすを揺さぶろうとするのが印象的なエピソードである。それはかつて簡単にありすを追い詰める方法であったのだろう。あるいはその原因を作った友達であるマナや六花を恨んだこともあったかもしれない。  しかしコンテスト中のありすは妨害に対して冷ややかであり、一切動揺することはなかった。そのなかで彼女は、かつて苦しんだそれに動じずにいられるようになったのは友達がいてくれたからだ、と述懐する。  14は、六花回。  最近彼女の様子がおかしい、と思ったら、勉強に生徒会活動にヒーロー業に忙しいはずなのに、新しい趣味を始めてしまいました、という話。趣味は競技かるたである。  基本的に六花の物語は、彼女の主体性とはなにか、という話をひたすら問うものとなる。超人たちに囲まれ自己評価が低い彼女は、いつも周囲に流されていると感じている。夢も生活もヒーローさえも、友達に言われてやってるだけじゃないのかと。競技かるたは初めて彼女一人で始めたものだったが、遊びに逃避しているんじゃないかとも感じている。そして彼女自身はっきり気づいていないことである、自分の選択を誰かのせいにしていないか、という問題が浮かび上がる仕掛けとなっている。  実にそれが多くのよき人物を魔人へと堕としてきた。それはこの作品で多く描かれる善なるもののアキレスけんなのだ。六花の戦いは、そこからどう自由であろうとするか、そのために周囲の人々がどうあれるか、という物語を描いていくこととなる。  15は、まこぴー回。  ヒーローに芸能活動に学生に大忙しな彼女は、結局どれもおざなりになってしまう、というお話。  何もかもをやろうとしてへとへとになってしまった彼女は、学校では居眠りばかり、ヒーロー業も気が抜けて、せっかく芸能活動でのチャンスも自分でふいにしてしまいそうになる。それを友人たちの助けを経て乗り越える、のだが……。  まこぴーはどちらかといえばはっきりと、自分の境遇をアン王女の被害者だと感じている、ようなのだった。アン王女のために生きたいと表面的には思っていて、直接そのためにならないと思ってしまうことに後ろめたさがある。ところが歌も演技も思っていた以上に楽しく、真剣にやりたいものになってしまった。不器用な彼女は、友達に背中を押されなければ、それが楽しいということも素直に認められなくなっていたのだ。

 3話かけて、何かを愛することは素晴らしいことだ、しかしそれはお前の意志なのか? 誰かのせいにしてはいないか? と問うエピソードが続いた。そして物語は、自らの意志で何かを愛することを始めから許されなかった少女レジーナの登場をもって、そこに恐るべき課題をたたきつけることとなる。

 16

 ターニングポイントとなるエピソードである。DPをある種の戦記とするなら、この戦争の趨勢を決めた決定的瞬間はこのお話だ。そしてここで行われる他者から見れば他愛もない約束を本当に守るために、今後、マナは何度も叩き潰され、命を失いかけ、苦しみ、自身を見失い、胸ふたぐ涙を落とすこととなる。

 先の三話を通じてレジーナはマナたちをずっと影から観察してきた。面白いこともあれば、愚かしいと思うこともある。父の為には倒さなければならないし、そうしないと怒られちゃうけど、興味深い。特に中心にいるマナという人物になぜか心惹かれた彼女は、マナたちを倒すのはもちろんとしても、マナを自分の所有物にしよう、と決めるのだった。  突然、マナたちの前に現れるレジーナ。敵の登場に、思わず全身に殺意をみなぎらせるまこぴー。  それをしり目に笑顔でレジーナは言う。 「マナ、あなたを気に入ったから友達にしてあげる」  えーっと驚く一同。  マナは真剣な目でレジーナを見返す。およそ2秒の逡巡。 「いいよ。友達になろう」  言って、マナはレジーナの手を握った。  もう一度、えーっと驚く一同。病気が始まったと苦笑する六花をよそに、まこぴーは目を吊り上げマナをにらむ。信頼していたマナが敵と手をつなぐという全く理解できない行動に動揺したまこぴーは、怒りにまかせた捨て台詞を吐いて立ち去ってしまう。

 このときその場にいた4人はかなり違う景色を見ている。  にやにや笑っているレジーナは深く考えていない。言えば自分のものになるだろう、くらいに思っている。  頭にすっかり血が上ったまこぴーは敵だ殺せとしか考えていない。マナのことがわからず混乱している。  苦笑している六花はマナが本気であることを知っており、困ったことになったな、と思っている。  一人だけ真剣な表情を変えないマナは、人生を賭けた決断として、いいよ、と言った。根拠があるわけではない。ただそう直感し、それがたとえ命がけになっても全うすることを「決めた」。

 その話数全体で、マナはひたすらレジーナに振り回される。学校をさぼろうといい、お菓子を食べたいといい、私以外の友達と離れろと言う。そんなふうになんでも言うことを聞くのが、レジーナにとっての「友達」像だったから。  振り回されながらも多くのことを聞くマナ。彼女の私生活はめちゃくちゃになり、まこぴーと喧嘩になったまま仲直りもできず、親友二人には呆れられる(もっとも二人は可能な限りマナをサポートする。困惑はしているが、二人はマナが本気なことを知っているし、そこには確かな意味があるのだと信じている。つぶさに見るとこの二人の友情の篤さが目立つエピソードでもある)。そしてマナ自身、なぜ自分はこんなことをしているのだろう、という理由はわからない。  しかし、マナとレジーナは喧嘩になってしまう。それは、レジーナが他の友達たちのことを気遣うマナに怒ったからだ。他の連中と別れて私だけを見ろと言うレジーナに、マナは嫌だと伝えた。魔物を呼び出し暴力を衝きつけ、なぜ突然裏切るのだ、と問うレジーナに、マナは、レジーナのことを友達だと思っているから、私がこう思う、ということを素直に伝えているのだ、と答える。それがマナが思う「友達」だから。  二人の「友達」像はぶつかりあい、混ざり合うことなく物別れに終わる。  しかし、ついに物語はここから始まるのだ。

Last modified:2017/03/10 18:50:28
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